治験で死亡した事故はある?国内外で起きた事故をもとに危険性を検証





「治験は危険」という認識を持つ人は珍しくありません。

しかし、治験のリスクを正しく理解している人は、残念ながらごく少数です。

  • 治験には死亡事故が付きものである
  • 治験は危険だから高額な謝礼がもらえる
  • 薬の副作用は危険なものである

このような認識があるなら、本記事はお役に立てるはずです。誤解されがちな部分について、正確な情報をご説明します。




入院の治験で起こった死亡事故

 

日本の死亡事故

2019年7月、てんかん治療薬の入院の治験を終えた20代の男性が電柱から飛び降り、健康成人を対象とした新薬の治験(フェーズ1)では日本初となる死亡事故が発生しました。

使用された治験薬と似た薬に自殺企図(自殺を企てること)の副作用があったため、厚生労働省は「治験と死亡事故との因果関係を否定できない」と判断。治験による国内初の死亡例として扱われることになりました。

この参加者の男性は治験を終えた当日に再来院し、入院観察期間中に幻覚や幻聴などの不調があったことを訴えていました。しかし、その際の受け答えなどははっきりしていて、容態は安定しているように見受けられたため、最終的に医療機関側は経過観察(定期的な状態の確認)を決断しましたが、その翌日に電柱から飛び降りたことによる脳挫傷で亡くなることとなりました。

この治験では、国が定めたGCP(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)に重大な逸脱はなかったとされましたが、厚生労働省から実施医療機関に向けて下記の配慮をすべきであったとの指摘を受けています。

  • 再来院時に精神科等の医師に診察を受けさせるのが適切であった。
  • 自殺に関連するリスクを含む、治験薬の心身に与える影響について、より詳細な注意を書面で伝えると共に、心身の変調を感じたら速やかに申告するよう説明すべきであった。
  • 治験担当医師にとって専門外の有害事象を確認した際には、講じるべき措置をより慎重に判断すべきであった。

また、この試験を依頼した製薬会社側にも下記の指摘がありました。

  • 治験依頼者は、治験薬のリスクを踏まえ、精神科医等による診察が可能な実施体制が整った医療機関を選定するか、治験責任医師・分担医師に精神科医等を含めることが適切だった。また、有害事象が生じた際の家族等の関与も事前に検討するべきであった。

参考文献:
健康成人を対象とした治験における死亡例発生事案に係る調査結果の公表について


フランスの死亡事故

2016年1月にも、フランスで新薬の治験(フェーズ1)に参加していた被験者のうち1人が死亡、5名が神経系合併症を起こすというとてもショッキングな事故が発生しました。

この治験は、動物実験の段階では特に問題はありませんでしたが、健康な成人を対象とした治験の段階で死亡事故が起こりました。世界的に見ても非常に重大な事故でありながら、フランス当局による情報の開示が少なくその多くはいまだ謎に包まれています。

イギリスの事故

死亡事故ではありませんが、英国製薬史上最悪と言われている治験による事故についてもご紹介しておきましょう。

時は遡ること2006年3月、抗体医薬「TG1412」の新薬の治験(フェーズ1)で、投与直後に健康なボランティア被験者8人中、実薬投与を受けた6人全員がサイトカインストーム(免疫暴走)によって次々と倒れ、多臓器不全に陥ったことで、一時は全員が集中治療室に入るという事故が起きました。

その後、全員退院することができましたが、そのうちの1名は壊死によって手指を切断される結果となりました。


治験は危険だからやめた方がいい?

国内外を問わず、治験は過去何十年にもわたって実施されており、これまで治験に参加された方の人数は数知れません。

だからと言って、たった1件でも事故が起こってはいけませんし、それを許容する世の中であってもいけません。しかし、事故があったからといって安易に否定されていいものでしょうか。

もしそうであるならば、下記の報告はどのように受け止められるのでしょうか。

平成19~23年度における、一般用医薬品の副作用症例は1,220件

死亡症例は24件。後遺症が残った症例は15件

これは厚生労働省が公表する「一般用医薬品による重篤な副作用について」という報告に記述されたデータです。ご存知の通り、一般用医薬品とは処方箋がなくても誰もが薬局やドラッグストアで入手できる薬のことです。

死亡症例のうち半分に相当する12件は、かぜ薬(総合感冒剤)によるものでした。

このように、ただ単に危険度だけに目を向けるのであれば、ただのかぜ薬ですら多くの危険をはらんでいると言えます。

さらに、治験に似たボランティアとして有名な献血や、もっと身近な例として車やバイクによる交通事故に関してはどうでしょうか。献血にも大きな事故はありますし、交通事故によって日本だけで年間約3,000人もの尊いいのちが奪われています。

薬(治験)も、献血も、あらゆる交通手段も、人間の命や生活を支えるうえで無くてはならない必須の手段なのに、治験だけが危ないというイメージだけで簡単に「やめた方がいい」と片付けられてしまうことがあって良いのでしょうか。そうであるならば、それは情報の多寡や印象・イメージなどによって偏った考えになっていると言わざるを得ないのではないでしょうか。

先にご紹介した治験の事故を多いと見るか少ないと見るかは人それぞれではありますが、ひとつだけ重要なことがあります。

それは、「治験のおかげで薬があり、薬のおかげで助かっている多くの命がある」という事実です。

残念ながら、この記事の「治験は危険なの?」という問いに、「100%安全だから安心して参加してください」と断言することはできません。でも、この記事をお読みいただいた皆さんは、既成概念や『危なそう』というイメージだけで思考を停止することなく、治験に参加するかどうかをご自身の頭で考え、冷静に判断していただきたいと思います。

そうして近い将来、治験が「お金稼ぎのバイト」「危険なアルバイト」ではなく、献血同様に広く一般にボランティアとして認知され、ひとりでも多くの方に治験へご協力いただけるように願っています。

ぺいるーとでは、治験に参加された方の体験談を掲載しています。治験についてご不安な方は、ぜひこちらも一度ご一読ください。




高額な謝礼金が出るのは危険だから?

 

「でも、治験の謝礼金が高額なのは危険だからなのでは?」といった疑問が浮かぶかもしれません。

実は、治験の謝礼金が高額になる理由は、拘束時間の長さと行動制限による負担が関係しています。

入院タイプの治験は、謝礼金の相場価格が1泊あたり15,000~30,000円程度です。金額だけ見れば高額であるものの、治験参加中は24時間拘束されることとなり、以下のような制限が設けられます。

  • 外出や面会ができない
  • 決まった時間に診察や検査がある
  • 入院中の食事は完食しなければならない
  • 治験内容により入浴(シャワー)不可の日がある

治験薬の効果を正しく評価するために、上記をはじめとする制限が治験参加中に課せられます。これらの負担があることを考慮すれば、たとえ24時間の拘束に30,000円(1時間あたり1,250円)が支払われると仮定しても、不自然ではないとイメージできるのではないでしょうか。

※報酬や謝礼金のことを、治験では負担軽減費といいます。詳細は下記のリンクをご覧ください。




治験の副作用と補償

治験の参加前には期待される効果、および起こり得る副作用やその確率などについて説明があります。これをインフォームド・コンセント(同意説明)と言います。

副作用と聞くと、つい危険なものを想像しがちですが、その程度はさまざまであり、治験薬でなくとも、薬である以上、副作用は少なからず起こり得ます。

ここで言う副作用とは例えば、

  1. 頭痛
  2. のどの渇き
  3. 便秘
  4. 発疹
  5. めまい・ふらつき
  6. 眠気

といった比較的症状が軽いものです。

新薬開発には、9〜17年もの長い歳月と約500億とも言われる開発費用が必要です。その間、基礎研究や動物実験などが入念に実施され、被験者となる「ヒト」に対する安全性には十分に注意されて開発されています。薬の開発側としても副作用などの健康被害が起こってしまった場合には、これまでの開発費用が無駄になるばかりか、莫大な補償も必要となるため、簡単に事故を起こすわけにはいけないのです。

さらに、「治験」とひとことで言っても、ジェネリック医薬品のようにすでに処方・販売されている薬と同じ成分でつくられた医薬品の治験であったり、海外で既に認可され処方されている薬の治験の可能性もあります。

治験に参加される皆さんは、このような説明を治験参加前に十分に確認し、納得のうえで治験に参加するかを判断することができます。

被験者の損失は適切に補償される

治験期間中、治験参加者に有害事象(好ましくない現象)が起こった場合でも、治験の実施施設となる病院や医療機関には医師や看護師が待機しているため、適切な検査や治療を受けることができます。

また、製薬企業や治験実施医療機関に過失がなかったとしても、治験により参加者に不利益が生じた場合には医療費や医療手当などが補填されます。

ただし、参加者自身の故意、または注意義務の違反により健康被害が生じたケースでは、補償の対象外となる可能性があることに留意してください。


治験を途中でやめたいと思ったら

 

治験はあなた自身の自由意思で参加するものであり、自由意思は最大限尊重されます。そのため、治験参加前・参加後を問わずいつでも治験の参加を取りやめることができます。その場合の謝礼は、それまでの参加日数などを考慮して支払われるケースが多くなっています。

しかし、本人の規則違反や悪質な行為によって治験が中止になったり脱落した場合には、参加謝礼が支払われないケースもありますのでご注意ください。

いずれにせよ、治験への参加が決定した後に突然辞退されると、治験への参加者数が足りなくなり試験自体が中止になる可能性もあります。その場合、他の参加者の迷惑となる事態も考えられますので、参加前に十分検討したうえでご参加いただくようにお願いいたします。

また、すでに薬の服用が始まってからの辞退は、安全性の確認が必要となるため、経過観察のためにその後数回通院していただく可能性があります。


治験が不安な初心者におすすめの治験とは?

薬は新薬(先発医薬品)とジェネリック医薬品(後発医薬品)に大別されます。

医薬品の区分 概要
新薬(先発医薬品) 従来にはない薬効成分を持つ、新たに開発された医薬品
ジェネリック医薬品(後発医薬品) 特許期間を終えた新薬と同じ成分で作られた医薬品

後者のジェネリック医薬品は、すでに処方・販売されている薬と同じ成分でつくられた医薬品です。ジェネリック医薬品の元となる新薬は、特許期間(実質15年程度)に多くの人に使用されてきた薬であるため、「すでに安全性が確認されている薬」と言っても良いでしょう。

新薬の治験も決して危険というわけではありませんが、ジェネリック医薬品の治験はより参加しやすい治験ではないでしょうか。

なぜジェネリック医薬品は治験を実施するの?

ジェネリック医薬品は一般流通している薬と同成分であるため、なぜ治験を実施するのか不思議に感じるかもしれません。

実のところ、効能や用法用量は元となる薬と変わらないのですが、形状・色・添加物は変更されます。そのため、体内の吸収や排泄作用に違いが見られる可能性があり、それらを検証するために必ず治験を行わなければならないのです。

検証の内容としては、既存の薬とジェネリック医薬品を比較し、血中濃度の推移に統計学的な差がないか確認します。これを「生物学的同等性(BE)試験」と呼び、日本で実施される健康成人を対象とした入院治験は、過半数がこの試験に分類されます。

入院の治験ではどのようなことをするのか?スケジュールや合格するコツ、合格率アップの秘訣については以下の記事をご覧ください。




副作用から生まれた薬

治験の副作用をより深く理解していただくため、補足的に本章を設けました。

「治験時に副作用が発覚した」と聞けば、危険なイメージを持ってしまいます。しかし、副作用はネガティブな効果を指す言葉ではありません。

開発中の薬に確認された副作用が有用であるため、それを主作用として応用するケースもあるのです。なお、主作用と副作用はそれぞれ以下のような意味を持つ言葉です。

  • 主作用:その薬に期待する効果
  • 副作用:その薬に期待する効果以外の働き

例えば、発毛剤は副作用から生まれた薬です。

発毛剤は血圧を下げる薬から誕生

米国企業から発売された高血圧症治療剤「ロニテン」に、多毛・発毛の副作用が見られました。副作用を調査したところ、血圧降下作用のあるミノキシジルという成分に発毛効果が確認されたのです。

ミノキシジルは脱毛症状の治療に応用されることとなり、1988年に当時唯一となる医薬品としての発毛剤が誕生しました。皆さんもご存じの「リアップ」もミノキシジルの効果を利用した発毛剤です。

睡眠改善薬やED治療薬もきっかけは副作用

アレルギー症状を緩和する「ジフェンヒドラミン」には、服用後に眠気を催す副作用がありました。これを利用して生まれた「ドリエル」は、睡眠改善薬としてドラッグストアで販売されています。

また、ED治療薬として知られる「バイアグラ」の誕生は、効果の乏しかった狭心症の薬を治験参加者が返却したがらず、理由を聞いたところ男性機能の改善が確認されたことがきっかけです。

ある状況においては副作用となる働きが、別の状況に役立ち主作用となる事例は珍しくありません。場合によっては、既存の薬を補う大発見となるケースもあるのです。


まとめ

「治験薬だから副作用がある」「危険だから謝礼金が高額である」といった意見は、どちらも視野を狭めて治験を捉えてしまっている典型例です。ここまで読み進めてくださった方には、世間の治験に対する評価がやや偏っていることをご理解いただけたのではないでしょうか?

とはいえ、はじめて治験への参加を検討されている場合、不安を払拭できない方も少なくありません。

そんなときには、とりあえず説明を聞いてみることをおすすめします。上述したように、治験の参加前には想定される効果や副作用の内容、それらが発生する確率についての説明が詳細に行われます。

現状、日本は治験の参加者が集まりづらく、これは日本国内の薬の開発を遅らせたり、薬価が高くなる要因となっています。「説明を聞いて危険を感じたら辞退しても良い」と気軽に捉えて、治験への参加に前向きなイメージを抱いていただけたら幸いです。


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